【映画】スタンド・バイミーが名作である理由

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小学生の頃に見た映画で今だに
心に残っている映画がある。
【映画】スタンド・バイミーです。

この映画は1950年代末の
オレゴン州の小さな町キャッスルロックに住む、
それぞれ心に傷を持った4人の少年達が好奇心から、
線路づたいに“死体探し”の旅に出るという、
ひと夏の冒険を描いた映画です。

 

まぁこれだけ聞いても面白そうにないと思うので
僕の感想は…
小学生が秘密基地みたいなところで
タバコを吸ってる!!
(小学生の頃の自分には衝撃!!)

股間にヒル!!
(恐ろしやぁ~)

小学生が拳銃を持って高校生のヤンキーを撃退!
(ワイルドだぜぇ~)

ただ最も心に残ったのが、
森の中で焚き火をして4人の少年がキャンプ中、
主人公の少年と親友の会話で…

「俺がお前の親父なら職業訓練学校になんか行かせない。
 神様がお前に小説を書く才能をくれたんだぞ。

 子供ってのは、大事な物を簡単に捨てたがる。
 だから、誰かが見守っててやんなきゃいけないんだ。
 お前の両親がだめなら、俺がお前のそばにいて見守ってやるよ」

たまらない名言です。

これにはとても大事な意味が入っています。
可能性と希望です。

日本の言葉でも「好きこそ物の上手なれ」
今そこに利益を生まなくても
好きでやり続ける事が出来るモノは大事にさせる。

まさに成功者には欠かせない考え方だと思います。
パソコンを触るのが好きなビルゲイツ
プログラムと人が繋がるのが好きなマークザッカーバーグ
更に僕がもう一つ心に残ったのが…

4人の少年たちが小さな街から離れ、
小さな冒険から帰ってきた後に主人公の少年が言った言葉。
「短い旅終えて帰ってきた街は、なぜか小さく見えていた」

短い旅をしただけなのに、
今いる街から離れる事で視野が広がった様子が現れてる。

これはあなたも僕も同じ事で
新しい街や国、人や文化、仕事や理を自分自身で体験、
つまり行動した時に始めて成長するという事。
まさに「守破離」の思想に近いものですね(^^)

多くの方は、社会人になると
その成長する事を辞めてしまいます。

会社に任せ、国に任せ、思考をやめる。
僕は19歳から社会人でしたが、
22歳まで思考が停止下状態でした。

学生までは親と学校に頼り、
19歳からは会社と国に頼り、
自分で自分の人生の選択を
他人にませてばかりでした。

そう考えると起業してよかったと思います。
そこで成功も失敗も多くを経験して今はお金にも困らず、
時間も自由に人生を手に入れるまでになりました。

それはメンターとの出会いや
今の時代のネットビジネスとの出会い
多くの方のご助力の賜物です。

ただそれに気づかせてくれたこの映画には
今だに感謝しています。
ぜひあなたも見てみてはいかがでしょうか?

1 個のコメント

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    どもですー!遊びに来ましたー(`・ω・´)ゞ(・∀・)イイネ!!と思う部分がたくさんありました☆また遊びに来るのでよろしくですヽ( ´ー`)ノマタネー

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    ABOUTこの記事をかいた人

    EXECUTIVE GROUP Representative& ArioseConsulting., LTD CEO  Date of birth ┃1985/01/04 A型■経歴■1985年生まれ高知県出身┃ 高知県立宿毛工業高校卒業後、シンガーソングライターを目指し ボーカルレッスンとサウンドコンポーザーの技術を学ぶため専門学校のある大阪へ。在学中に自作の楽曲をインディーズなどで販売しながらも大成はせずアルバイト生活が続く。 年末に数日間の帰郷の際、友人達の集まりで生活の苦悩を聞いている内に そんな自分を慕ってくれる人へ何かしてあげたい!してあげれる人間になりたい!そう考えるようになり、その後専門学校を中退して契約、アルバイト、正社員問わずいろいろな職種に勤めるようになっていく。 IT関連・水の販売営業職、家具・電化製品販売員、ホテルマン、工場作業員、事務管理スタッフ、イベントスタッフ、ホールマネージャー、飲食店店長、スカウト、新店舗飲料オペレーター、バーテンダーなど 24歳頃手持ち6万円しかない頃に融資を受け小さなBARを大阪にオープンし独立。 それまでに出会った人脈(仕事仲間・オーナー・顧客)を助力を得ながら わずか数年で飲食意外にもサービス店などの11店舗以上を管理課に収める グループ会社に成長させる。 そんな中あらたに新規事業の話をとある知人から聞かされ話を聞いてみる事にしかし、その内容がかなりの不当たりだったと後で知る事となる。 それを会社の資本から捻出しようとするのは簡単だったが、 まだまだ成長中の会社に負担かけまいと自分個人で負担を追うようにし、 追い込まれながらインターネット検索や本屋で打開策がないかを探しづづける。 どんな中で見つけたのが『インターネットビジネス』だった。 それが2013年になった頃のスタート!そこから本屋とネット検索など使って独学で取り組んでいたが大した成果は得られなかった。 そんな中あるメンターと知り合い当時その方が運営していたネット起業サロンに入る。 それから1カ月後には月収で100万円以上を達成する! 当時グループ会社の社長として役員報酬よりをあっさり超えてしまった頃に感激し、それからも黙々と学んだことを実践!実践!実践!半年後には月2800万円をネットのみで稼ぐようになる。 当時の友人達の生活の苦悩話から経営者だけでなく起業家として きっかけや可能を『形』に出来るモデルとしてコンサルティング会社を 出身地の高知県西部へ拠点を移し立ち上げる。 現在は創業したグループ会社は企業間契約の形式をとりながら WEBマーケティング事業、デジタルコンテンツ販売、WEB広告事業、投資業、ネット起業サロン運営、メディア制作代行事業、特産品流通業などのコンサルティング事業など、 個人店舗や中小企業のWebマーケティングコンサルティングをおこない、 ネットでの個人メディアでは、全くのゼロから個人でも、どこに住んでいても、インターネットビジネスを活用すれば人生を大きく変えられること表現している。