ダイドー デミタス缶コーヒーを好んで飲む理由。

僕が缶コーヒーで最高の味と認めるのは
ダイドーデミタスプレミアム微糖です。

 

理由は3つある。

 

1・その無駄のないデザイン性

2・そもそも味が最高である

3・ある辛い想い出を思い出せる

 

7年前に高級ダイニングのオペをした頃、
つまり独立をする少し前の時代の話。

 

オペレーションをするメンバーは皆
どこか店舗のオーナーか、
国際的なホテルマン。

 

僕はそこらへんの雇われ店長で
他のメンバーからしたらかなり格下。

 

そんな中始まったオペは
朝の7時から深夜2時まで休みなく
3ヶ月間やり続けた。

 

ある程度の準備も終わり
のオープンして数日経った頃、
あまり伸びない売り上げと集客率。

 

そこの支配人は焦りからのイライラか
対応がキツくなっていた。

 

オペスタッフや従業員は
あまり顧客を持っていないので
僕はこっそり営業をかけて何度か満席にした。

 

しかし当時の僕の対応が気に食わないのか
支配人は僕に罵声や仕打ちをするようになる。

 


いわゆるイジメのようなものだ。

 

僕は意外にの上下関係を大事になるタイプ
気に食わなかったが、自分が無能なことも
重々承知して受け入れた。

 


そもそも
数ヶ月間の契約だったというのもある。

 

契約が終わって元の仕事に戻る時には

「君みたいにカッコつけるばかりの

無能な男に店長任してる社長も

お客さんも終わってるね〜」と言われた。

 

 

 

 

正直な感情を言えば
支配人の顔を殴り潰しそうなほど
腹わたは煮えくりかえっていました。

 

 

 

当時、僕を信頼してくれて
任せてくれる社長や僕で来てくれた
お客さんという仲間を馬鹿にされたのだ。

 

 

僕が無能であるばかりに馬鹿にされたのだ!

 

マジで悔しかった!自分が情けなかった!

その今にも爆発しそうなエネルギーを
僕は必死に傾け続けた!

 

■強いエネルギーの舵をどっちに切るのか?

鬼になりそうな思考を必死に
起業と成功の方向へ!

 


それはすごく折れそうで
自分との孤独な闘い。

 

それから行動し続けるようにした!
あとはプロフィールに書いてる結果となった。

 

もちろん意地の悪いのは支配人だけで
他のメンバーは温かかった^ ^

 

そのメンバーの中に僕に色々教えてくれた
イケメンで仕事も出来るオーナーがいた。

 

その時に薦められた缶コーヒーがコレ^ ^

 

そんな想い出と糧を
想い出させてくれるのがこの缶コーヒー

 

悔しい想い出や辛い事、
とんでもなく壁にぶつかった事もある。

 

それは多かれ少なかれ誰しもある。

 

必死にエネルギーに変える人と
ただ辛いとふさぎ込んでしまう人なら

 

必ずエネルギーに変えるように
必死に自分と闘う事が大事だと思う。

 

前回ある記事を書いた。

 

実業でもインターネットを使った事業でも、
より良いサービスや商品を提供する為、
多くの方が情報発信をしています。

 

 


ノウハウを得る。実績を得る。
自己発信力を得る。

 


では教え方は?

 

どんな形であろうとも
教え方というのは未来を創るモノです。

 

情報販売やコンサルなど
僕もここ数年おこなっておりますが、
提供していくにはノウハウを知る事が最初。

 

それを実際に目標と期間を決めて
達成するまで徹底すると実績が出る。

 

徹底している様子や実績は、
自信につながって自己発信のネタにもなる。

 

ではそれが『教育』というジャンルでは?

 

ただ答えを書くだけなら
思考しないのでぜひこの記事を読んだら
あなたなりに考えてみてはいかがでしょうか?

 

という内容だ。

 

知を得て功を成して実を得る

もちろん今もインプットし続けてもいる。

 


さらに教えるという面においては
教える相手が変わるたびに教え方が違う

 

言い方や見せ方もそうだが
環境を用意するのも教育者の業務であると
僕は考えている

 

ある闘病中の子供達に為に
消防隊員達がヒーローの格好をして
子供達を応援しに行った話がある。

 

医者にいくら
「元気なろうと意識して下さい」
っと支持されたとこで不安は拭えない。

 

ただ大好きなヒーローが
「君も同じヒーローだ!一緒に闘おう」
なんて言われた日には最高ですよね^ ^

 

そんな人が及ぼす影響に関しても
教育者としてばないとと考える菊田でした。

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ABOUTこの記事をかいた人

EXECUTIVE GROUP Representative& ArioseConsulting., LTD CEO  Date of birth ┃1985/01/04 A型■経歴■1985年生まれ高知県出身┃ 高知県立宿毛工業高校卒業後、シンガーソングライターを目指し ボーカルレッスンとサウンドコンポーザーの技術を学ぶため専門学校のある大阪へ。在学中に自作の楽曲をインディーズなどで販売しながらも大成はせずアルバイト生活が続く。 年末に数日間の帰郷の際、友人達の集まりで生活の苦悩を聞いている内に そんな自分を慕ってくれる人へ何かしてあげたい!してあげれる人間になりたい!そう考えるようになり、その後専門学校を中退して契約、アルバイト、正社員問わずいろいろな職種に勤めるようになっていく。 IT関連・水の販売営業職、家具・電化製品販売員、ホテルマン、工場作業員、事務管理スタッフ、イベントスタッフ、ホールマネージャー、飲食店店長、スカウト、新店舗飲料オペレーター、バーテンダーなど 24歳頃手持ち6万円しかない頃に融資を受け小さなBARを大阪にオープンし独立。 それまでに出会った人脈(仕事仲間・オーナー・顧客)を助力を得ながら わずか数年で飲食意外にもサービス店などの11店舗以上を管理課に収める グループ会社に成長させる。 そんな中あらたに新規事業の話をとある知人から聞かされ話を聞いてみる事にしかし、その内容がかなりの不当たりだったと後で知る事となる。 それを会社の資本から捻出しようとするのは簡単だったが、 まだまだ成長中の会社に負担かけまいと自分個人で負担を追うようにし、 追い込まれながらインターネット検索や本屋で打開策がないかを探しづづける。 どんな中で見つけたのが『インターネットビジネス』だった。 それが2013年になった頃のスタート!そこから本屋とネット検索など使って独学で取り組んでいたが大した成果は得られなかった。 そんな中あるメンターと知り合い当時その方が運営していたネット起業サロンに入る。 それから1カ月後には月収で100万円以上を達成する! 当時グループ会社の社長として役員報酬よりをあっさり超えてしまった頃に感激し、それからも黙々と学んだことを実践!実践!実践!半年後には月2800万円をネットのみで稼ぐようになる。 当時の友人達の生活の苦悩話から経営者だけでなく起業家として きっかけや可能を『形』に出来るモデルとしてコンサルティング会社を 出身地の高知県西部へ拠点を移し立ち上げる。 現在は創業したグループ会社は企業間契約の形式をとりながら WEBマーケティング事業、デジタルコンテンツ販売、WEB広告事業、投資業、ネット起業サロン運営、メディア制作代行事業、特産品流通業などのコンサルティング事業など、 個人店舗や中小企業のWebマーケティングコンサルティングをおこない、 ネットでの個人メディアでは、全くのゼロから個人でも、どこに住んでいても、インターネットビジネスを活用すれば人生を大きく変えられること表現している。